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さ・る・の・あ・な・た

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オオカミに育てられた少女


オオカミに育てられた少女
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きのう、NHKでオオカミがテーマの番組をやっていました。
カナダの森で、オオカミの生態を見守り続ける山番の男性が案内役で、
ひさしぶりに良質な番組を見ることができました。
一般にオオカミは子煩悩な動物とされていますが、家族の中にも優先順位があり、
自然界の厳しい掟のなかで生きているさまは感動的でした。
オオカミの家族愛の強さは、人間の子供ですら育てることがある、という伝説をともなっていますね。かつて、小学校~高校、あるいは大学の心理学等の授業で、「オオカミに育てられた子」のエピソードを聞いたことのある人は多いと思います。
オオカミが愛情深い動物であることはそのとおりだと思いますが、残念ながら「オオカミに育てられた子」は伝説・・・、作り話の範疇だと現代の認識は納得しつつあるようですね。実は私も、オオカミに育てられた=詐話。を支持しています。

オオカミに育てられたとされる少女を養育したのがキリスト教の牧師だったこと。
(聖書の「ライオンの穴にほうりこまれたダニエル」をほうふつとさせるというか、
そう思ってみればいかにも宗教家が好きそうなお話に思えてきますね。
主なる神の恩恵により、獰猛な野獣が赤子を歯牙にかけることなく、
いつくしみはぐくんだ<(_ _)>・・・)
教科書にのってるくらいだから実話だろう、と思う、いわゆるハロー・エフェクト。
(じつは学生時代の私も、そうだった・・・)

「オオカミに育てられた少女」は、教育の重要性を強調する典型例として、
教育・発達心理学の分野で題材とされてきましたが
(いまも題材になさってる先生・学校もあるらしい)・・・、
ストーリー自体が作り話という前提にたてば、
なにやらまた別の心理学的側面?がみえてきて興味深いところです。
(人は真実でなく、「真実である」と信じたいことを信じる)うーむ(~_~;)。


(Aug 29, 2006)


オオカミに育てられた少女・つづき
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1920年代のシング牧師とオオカミ少女・カマラの出来事について、参考になる本があります。

『野生児と自閉症児』ベッテルハイム他・中野善達編訳
『ウルフチャイルド』C・マクリーン・中野善達編訳
福村出版刊・残念ながら2冊とも現在は絶版(私は図書館で借りて読みました)。
いずれも一読の価値があります。

『野生児と自閉症児』は1950年代のオグバーン教授による現地調査報告をふくむ、
批判的な論説をまとめて翻訳したアンソロジー。
『ウルフチャイルド』は1975年に著者のマクリーンがやはり現地調査・取材を軸に
著した伝記ふうドキュメンタリー。
オグバーンやベッテルハイムがオオカミ少女の実在に否定的なのに対して
マクリーンは「オオカミに育てられた子」肯定派の立場です。

『ウルフチャイルド』を読むと、著者が動物学・心理学および
自閉症児に関して専門外で、知識を持たないことがわかります。
それゆえにいっそう、ハッとする記述があります。

カマラが日中はお気に入りの片隅で長時間じっとしていて、そのあいだは
いっさい他者に関心をもたなかったこと。

雷鳴や嵐にも平気なのに、一定の物音にだけ敏感に反応したこと。

ひとつの単語を口にすると、それからしばらくその言葉ばかりくりかえしていたこと。

何かを聞かれると、黙りこくったまま、聞かれた対象の物を指さすことで
簡単なコミュニケーションをとれたこと。

赤い色に執着したこと。

ほかに、常人には理解不能な奇声を発したり、
自分の行動を制御できずよつんばいでとびはねたりすることは、
自閉症の症例として一貫して説明がつくそうです。

また、牧師がおおげさな表現を好んだことや、
オオカミ少女に関する手記が日記の体裁をとっているけれど
ちゃんと時系列にそって書かれたかあやしいこと。
ゲゼル博士は牧師夫妻の愛情とたゆまぬ努力によって
少女カマラがオオカミから脱して人間のことば、行動様式を身につけ
成長する人間性回復の過程を感動的に書いていますが、
彼女が存命中の新聞記事や彼女をおぼえている内外の孤児院関係者への
インタビューなどから検証すると、どうやら
彼女の本質は孤児院に来てから亡くなるまであまり変わらなかったであろうこと。
こうした点で、否定派と肯定派の差はあっても
オグバーンらとマクリーンの記述に共通項がみられるのは
注目にあたいします。


(Aug 29, 2006)


オオカミに育てられた少女・再びつづき
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「オオカミに育てられた」という歴史上の神話伝説は世界中にあり、
物語としては魅力的でロマンティックですらありますが、
実話?となると検証されれば首をひねることのほうが多くて、
「心身に障害があるために遺棄された不幸な子が、偶然発見されると
 (障害からくる)ふつうの人間らしからぬ振舞いのために、
 発見者に『野生児』だとかんちがいされる」
というのがやはり、いちばん妥当な解釈と考えられます。

それにしても、作り話とすればシング牧師夫妻がなぜ、
そんな作り話をでっちあげたのかが気になりますね。
「オオカミに育てられた」肯定派であるマクリーンの著書『ウルフチャイルド』
には、このことを読み解く手がかりになりそうな情報がいくつか散見されます。

シング牧師が自著『狼に育てられた子』のなかで、少女たちを発見した
自らの冒険を記載しているにもかかわらず、マクリーンが採集した現地の情報では
くいちがう談話がいくつか出てきたこと。
村人が発見したオオカミ少女を現地に布教にきたシング牧師にゆだねた、というたぐいのもので
、先人のオグバーンらの調査のときも同類の記録があります。

・・・あるいは、現地人が牧師を騙したのかもしれません。
健常児と異なるこどもたちを「世にもめずらしいオオカミに育てられた子でござい」
とかなんとかいって、宣教にきた牧師に押し付けた、牧師も崇高な宗教心?から
本気でそう信じ込んだという仮説もなりたちそうですね。
施設に収容するために誰かがそういう話をつくったということもありそうです。

人権意識も児童福祉の概念も未発達だった今世紀初頭の未開地域で、
障害その他の事情で生き延びられないと判断されたこどもたちが無数に棄てられ、
その大部分が自然淘汰されたであろう歴史的現実を思えば暗澹とした気分になります。
「オオカミ少女」というたてまえで孤児院に収容されたこどもたちは、
その中では不幸中の幸いかもしれませんが、その短い生涯はやはり不幸に相違ないですね。

・・・マクリーンの著書によれば、彼女たちが孤児院に収容された当初、
尋常でない風変わりな子がきた、ということで
物見高い見物人が孤児院におしかけてきたとき、牧師は
野生児だということを否定し、「この子たちは、乞食の親にすてられた知的障害児」
と言いつくろったそうです(非常に的をえているというか、言い訳とされている
こちらのほうが真実味があるので驚きます(~_~;))。
しかし、こどもたちが病気になったとき往診した医師には「真実」を隠しきれず、
ついに彼女たちが「オオカミ少女」だと世間に知られることになったとか。


(Aug 29, 2006)

オオカミに育てられた少女・三たびつづき
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残念なことに、野生児とみなされて有名になったこどもたちの多くは長生きしません。
急激な環境の変化に対応出来ない、とも解釈されますが、少女アマラとカマラの場合、
孤児院の待遇が意外にも、劣悪だったのかもしれません。
(オグバーンはカマラとアマラが常にがつがつしていたという関係者の証言から、
彼女たちが充分な食事を与えられていなかった可能性を示唆しています。)
また、よつんばいで移動したり、犬のように皿をなめている有名な写真が残されていますが、
現代なら障害児差別で問題視されそうですね。

そして、マクリーンの著述には次々気になる事柄がでてきます。

孤児院は財政的に逼迫していた。
(その理由は不詳とされていますが、運営がかなり困難だったと述べています。)

シング牧師は「オオカミ少女」を見に来る客の寄付は拒まなかった。
(家族で「オオカミ少女」を見に行って、牧師にお茶の接待をうけた人の証言が載っています。)

少女カマラが推定17歳で逝去した後、孤児院の経済危機はますます深刻化した。

アメリカのジング博士らから「狼に育てられた子」の手記公刊の要請をうけたことは、
孤児院を救う起死回生の機会であった。
しかし、シング牧師は完成した手記のアメリカでの出版に先立ち、
なかば失意のうちに亡くなった。

戦後、インド独立の激変の中で孤児院は閉鎖され、
そこにいた人々はちりぢりばらばらになった。
最後まで孤児院を守ったシング夫人は飢餓のため亡くなった。
シング夫妻とアマラ、カマラの墓には今日(1975年現在)まで
墓標が建てられていない。

少女カマラが有名なアヴェロンの野生児ほどに長生きしていたら、
欧米の学者・研究者の知遇をえて、より多くの事実が明らかになって
いたかもしれませんね。

動物行動学の大御所・デズモンド・モリス氏あたりが
彼女たちに関して仔細な検証本を出してくれないかな?と期待します。
あるいは、世界史にくわしい桐生操さんが『20世紀の嘘』とかのテーマで
この件について書いてくれると興味深いのですけれども。
真偽はともかく(くりかえしますが、私は「嘘」と思っています)、
「人間ってなんだろう?」とつくづく思わせるエピソードですね。


(Aug 29, 2006)


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